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サマージャンボ宝くじ高額当選必勝祈願の為に東京都三鷹市の吉祥寺駅からほど近い井之頭公園の中にある井之頭弁財天(いのがしらべんざいてん)に参拝しました

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財天(弁才天)はインドのヒンドゥー教の神様サラスヴァティーで、豊かなる河といった意味で水の神様とされてきました。井之頭弁財天も井の頭池の中にお祀りされています。
弁財天は農業や穀物の神様である宇賀神と習合して、五穀豊穣の神様としても崇められ、さらには「才」を「財」に置き換えて、財宝を授ける神様としての信仰がもっぱら盛んになったのでした。
井の頭弁財天にも、本堂の裏手に龍の形をした銭洗い弁天があり、お金を洗うと財産が増えるご利益があると云われてます。
宇賀神は老人の頭を持った白蛇の形をしており、井の頭弁財天でも絵馬は干支に関わらず白蛇の図柄ですし、また弁財天正面の赤い手すりの石段を登った左手には、宇賀神像が安置されています。
七福神の一人としておなじみの弁天様は琵琶を持った2本の手の女性ですが、井の頭弁財天のご本尊は8本の手を持った八臂像で、頭上に宇賀神を載せ鳥居を冠しています。
井の頭弁財天本堂は、弁天様のほかにも毘沙門天や大黒天もまつられており、一度に三福神がお参りできる大変ありがたいお堂です。
東京都三鷹市井の頭四丁目

開運パワースポット井之頭銭洗い弁財天で200万円をお浄め

2016年度サマージャンボ宝くじ高額当選必勝祈願の為に、東京都三鷹市の吉祥寺駅からほど近い井之頭公園の中にある井之頭弁財天に参拝しました!
お隣には宮崎駿の三鷹の森ジブリ美術館があり、最近ではテレビなどのメディアにも結構登場している人気急上昇のパワースポットです。
今回は発売初日と天赦日&一粒万倍日の宝くじ購入の為に、200万円を銭洗い弁財天の御神水で洗い清めて来ました!

井之頭弁財天本堂の正面全景井之頭弁財天ののぼり

井の頭弁財天は、天慶年間(938〜946)に関東源氏の祖・源経基が、伝教大師の延暦8年(789)作という弁財天女像をこの地に安置したのが始まりで、その後建久8年(1197)に源頼朝が東国の平安を祈願してお堂を建立したとされています。
また正慶2年(1333)には新田義貞が鎌倉北条氏と対陣する際に戦勝祈願を行ったとも伝えられています。
江戸時代に入り、徳川家康は江戸入府に際して上水道の整備を行いますが、その際の水源として選ばれたのが井の頭池であり、その上水路が神田川です。
家康自身も何度かこの地を訪れたとされ、慶長11年(1606)に家康が井の頭池の水でお茶をたて、その時に使用したとされる茶臼は今も弁天堂に伝えられています。

線香の煙を頭に振り掛けます宝くじ大当たりを神様にお願い

三代将軍家光の代になるとこのあたりは鷹狩り場とされ、寛永6年(1629)に家光が訪れた際に、この池の水は江戸の飲料水の源・上水の頭であることから「井の頭」と命名。
池のほとりのこぶしの木に小刀で井の頭と刻んだと伝えられています。その後こぶしの木は焼失してしまい、現在では石碑が建てられています。
その後家光は寛永13年(1636)に先に焼失した弁財天の宮社を再建しています。

銭洗い場で200万円を持って記念撮影200万円を龍の像に擦り付けます

こうして江戸市民の生活の源となった井の頭池ですが、その水源の守り神として、また財産を授ける神として、更には芸能・音楽の神として、弁財天は江戸の庶民の信仰を集めてゆき、江戸期には大いに盛り上がりを見せます。
江戸市中からの参詣者は絶えることなく、弁財天への道中各地には道標が建てられ、現在でも甲州街道沿いなど各地にそのいくつかを見ることが出来ます。
江戸の人たちにとっては1日を費やす格好の行楽地だったようで、久我山方面から訪れる人の為に立てた道標が今でもあって、黒門と共にかつての参道を思い起こさせてくれます。

200万円を洗い清めました大量の御守りを買いました